「へいっ! お待ちどうさまっ!」
 やたらと元気のいい肉屋の店員の声は、少し離れた場所で会計が済むのを待っていた俺の元にまで聞こえてきた。
「お待たせー、秀晃くん」
 と、注文した量の牛肉と豚肉、そしてお釣りを受け取って、華蓮がこちらに駆け寄ってくる。
 一応、マスターに頼まれた買い物はこれで終了である。
 しかし、全部合わせると小山のような量になった荷物を目の前にして、俺――仲原秀晃――は途方にくれていた。
「全く、何を考えてんだ、あの人は」
 持てないことはない。しかしどう考えても、この量は徒歩での買い出しの限界を超えている。
「まあいいじゃない。替わりに二人揃ってのお休みも取れたんだから」
「でもなあ……絶対一週間分以上あるぞ、これ」
 覚悟を決め、自分の担当分の荷物を抱えあげる。端から見たなら荷物に埋もれているような格好で、何とか歩き始めた。
 全く、暑さと重さでぶっ倒れそうになる。只でさえ冷房の効いた店内からは一歩も出たくなくなるほどの猛暑だというのに、だ。
「あ、ちょっと待って……」
 しばらく進んだところで、華蓮は、俺の歩みにそう待ったをかけた。
「……忘れるところだったわ。これ、引いていきましょうよ」
 華蓮が取り出したのは、今回の買い出しで結構な量を手に入れた、この商店街の福引券の束であった。ガランガランと、豪華賞品が当たったことを知らせる鐘の音が聞こえてきたので思い出したのだろう。
 この先に張られているテントで、抽選は行われているはずだ。
 抱え持つ荷物の隙間から、俺は抽選を心待ちにしてテントから伸びている列に並ぶ人たちの様子を覗き見てみる。
 賞品にかなりの上物が数多く混じっているだけあって、列に並ぶ人たちの表情は、期待や焦燥で満ち満ちていた。
 それ自体は構わないのだが――、
「……なあ、ホントにこの列に並ぶつもりか?」
 と、俺はげんなりした表情で華蓮に問いかけた。
 その列の長さときたら、商店街の入り口から、出口を超えてなお続いているのではと思えるほどに長かったのである。
 もっとも華蓮は、そんなことはちっとも気にしてないようで――、
「大丈夫。これだけあれば、絶対、何かいいもの当たるわよ」
 と、極めて楽天的であった。
「残念賞のトイレットペーパーなんて当たったら、俺たち、絶対に持てんぞ」
 せめてもの皮肉を返してみる。
「もう、夢がないわね」
「いやあ、ミスターリアリストのキーマンさんに比べたらマシでしょう」
 うぅ、と華蓮が小さな呻き声をあげた。
「それに現実問題として、この列に並ぶにしては荷物が多すぎるぞ」
 第一、この炎天下である。
 荷物の中には傷みやすい食材が多く入っていたし、暇な時間帯とは言え、あまりにも帰りが遅いと、マスターに何を言われるか分かったもんではない。話し合いの結果、俺は一足先に『ラ・パルティータ』に戻ることにした。
 牛歩戦術という言葉を強く連想しながら、俺は一歩一歩着実に『ラ・パルティータ』への帰路を辿る。
 何だか、ガマン大会にでも参加しているような心境である。
 冷房の完備された『ラ・パルティータ』の店内に足を踏み入れた時、俺はこの世に天国はあると思わず感動してしまったほどだ。
「おーい秀晃、電話だぞ」
 現実を嫌というほど体感させてくれる、マスターの濁声が聞こえてきたのは、身体中ににじんでいた汗がすっかり乾いた頃であったろうか。
「はい、お電話代わりました、仲原ですけど……」
 と、俺はビジネスライクに答えた。
「あ、秀晃くん?」
 受話器の向こう側にいたのは華蓮だった。
 何だか、声がとても弾んでいる。
「あのね、当たっちゃった当たっちゃった! 物凄いもの当たっちゃったの」
 耳に当てた受話器からおもむろに、華蓮の喜ぶ声が、キーンとつきぬけるように聞こえてきて――、
 そして、一週間が過ぎた。



 

 

 

 

『死亡遊戯の達人』

 

 

作:藤正

 

 

 

 




 昼下がりの『ラ・パルティータ』に、来客を伝えるカウベルの音が鳴り響いた。
「こんにちはー。秀晃さんいますかぁ♪」
 それと同時に、聞き覚えのある声が店中に響き渡る。
 マスターの要請で厨房の作業を手伝っていた俺が慌ててカウンターへと顔を出すと、予想通り、矢野原まきえが来店していた。ちなみに佐倉雪乃も一緒である。
「ヤッホー。秀晃さーん♪」
 まきえは俺と目が合うと、ご丁寧にも右手を頭上でぶんぶんと振り回して自分の存在をアピールしてくれた。
 学校帰りらしい。制服姿のままクラスメートとおぼしき数人と共にぞろぞろと店内に入ってくる。
 ややあって――
 厨房での作業を終わらせた俺は、窓際のテーブルにて友達とわいわい騒いでいたまきえの元に詰め寄った。
「お前なあ、恥ずかしいだろうが」
 そして今更ながらも悪態をついた。店内の客はまばらになっていたとは言え、あれ以上の注目を集めたくは無かったので押さえた声でだが。
「えへ、ちょっと目立っちゃいましたね」
 全く悪びれずにそう言うまきえ。
 どこぞのアイドルよろしく、自分で自分の頭をこつんと叩き、ちろりと舌まで出して愛らしく微笑むが、今更そんなものでごまかされる俺ではない。
 だが、もれなく付随してきたクラスメートの男子たちにとっては、まきえのその微笑は、正に傾城の微笑みであったらしい。
「あの、矢野原さん? その人、誰なの?」
 湧き上がった嫉妬を、まきえがその笑顔を見せた相手――つまり俺のことだが――に隠すことなく叩きつけている。
「あたしの、いっちばん好きな人♪」
 まきえはそう答えると主人に甘える猫よろしく、しどけなくこちらに抱きついてきた。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
 と、真っ先にいきりたったのは華蓮だった。
「まきちゃんずるい……」
 そう呟いた雪乃の瞳にも、華蓮と同じ嫉妬の色を感じたのは俺の自意識過剰だろうか。
「……ひ、秀晃くん! 終業時間にはまだちょっと早いわよ」
 二人のクラスメートの男子たちが怨嗟の叫びを、そして女子たちが姦しい嬌声をあげる中、ぷんすかと頬を膨らませてやってきた華蓮が、俺の腕を取って引き、カウンターへと連れていこうとする。
「あ、おい、華蓮!」
 バランスを崩して転びそうになったのだ。俺はまきえの肩を掴むと、寄り添ってくる身体をいささか強引に引き剥がした。
「悪い。まあ、ゆっくりしていってくれ」
 まきえに背を向ける前に、そう一応のフォローは入れたものの、俺は胸中に生じた微かな心の痛みを消しきることは出来なかった。
「分っかりました。でも、ちょっと待ってください。秀晃さんに見せたいものがあるんですよ」
 そう、すぐにいつものおちゃらけた態度に覆い隠されたけれども、まきえの瞳はちょっぴり悲しげな色を見せていて、俺に、幼き日の涙をこらえていたまきえの姿を思い出させたからである。
 それにしても、俺を取り巻く女性環境が劇的に変化してから、はや数ヶ月が過ぎたことだろうか? 
 二つの再会と一つの出会いは、俺の毎日を、遊園地で過ごす日曜日のようなものへと変えてしまった。ただし、安全ベルトなしの絶叫マシーンしか置いていない、危険な遊園地であったが、だ。
「これ、何だか分かります?」
 と、まきえはテーブル上にあったノートパソコンをこちらに向けた。
「これって『エルドラド』のハイスコアランキングじゃないの? それも緑王町エリアの」
 答えたのは、俺につられて画面を覗きこんだ華蓮だった。
「……華蓮さん、詳しいですね」
 意外だと言わんばかりの口調で雪乃が呟く。
 華蓮が言った通り、まきえが開いたページは『黄金魔郷エルドラド』という只今大ヒット中のオンラインゲームの公式ページであった。
 ちなみに、RPG的要素の強いコンシューマー版と、よりアクションゲームの要素の強いアーケード版の二種類が存在するゲームである。
 まあ、プレイヤーが操作するモノが異なるだけで、アクセスしている世界は共用しているから、実質的に同じゲームだと言えよう。
「秀晃さん。ほら、ここの所、よ〜く見てください」
 そう言って、まきえは画面を下方にスクロールさせた。
 ダンジョンのクリアタイム一覧や、その数値を叩き出したプレイヤーの名前などが順に表示されていく。
 そして俺は、とあるダンジョンのランキング三位のところに『キーマン』という名前を発見して、絶句してしまった。
「ほらぁ、何だか気になる名前でしょう?」
 得意げに語るまきえをよそに、俺はこっそりと華蓮の方に視線を向けた。一週間前、このゲームを簡易コントローラーと本体ごと福引で当てた華蓮だが、どうやらデートを一回潰しかけたほどこのゲームにハマっていたのは伊達じゃなかったらしい。
「とゆーか、華蓮がここまでの腕前だったとは……」
 小声で呟く。全く気付いていなかった意外な事実だった。
「もう一個あるんですよ」
 しゃべりつつ、まきえがキーボードを操作する。
 別のページが開かれ、今度は華蓮、もとい『キーマン』が載っていたのとは別のランキングが画面にクローズアップされた。
 そこには『プリムローズ』の名前があった。
「この間からみんなで、こんな風にネットで会った変な人を見つけては、その話題で盛り上がっていたんですけど……」
 真実を知らぬまきえのその一言に、得意げだった華蓮の表情がピシリと凍りついた。
「いやー、いつのまにやら今日これらの記録を更新できた人と、今度デートすることになっちゃいまして」
「おいおい……」
 どういう進化を遂げればそこまで話が摩り替わるのだろうか?
「……公式記録だぞ、これ。そう簡単に抜けるわけないだろ」
「やだなあ、秀晃さん。これくらいの記録なら簡単ですよ。少なくても、あたしにはお茶の子さいさいです」
「……そ、そうか」
 知らないこととは言え、火に油を注がないで欲しい。
「そーゆーワケで、これは是非とも、あたしたちの本命の秀晃さんにも参加してほしいなあって思いまして。あ、やったことありますよね? このゲーム」
 昨日も華蓮に付き合って潜ったばかりである。
「……一応、『神像』も持ってるよ」
 と、脱力気味に俺は答えた。
 ちなみに『神像』とは、コンシューマー版のプレイ中に様々な方法で入手することが可能な発掘兵器のことで、平たく言えば巨大ロボットのことである。
 パーツ交換によるカスタム化も可能で、『神像』同士のリアルタイム戦闘を体感筐体による迫力ある演出でもって味わえるのが、アーケード版の最大の特徴だった。
「あのぅ、無理に参加しなくてもいいですよ」
 雪乃がおずおずと口を開く。
「何言ってんの。雪乃だって秀晃さんが勝ってくれたら嬉しいでしょ。昨日、『Masquerade』のチャットでも、そう言ってたじゃない♪」
「え、そ、それはそうだけど……」
 雪乃は頬を染めて狼狽した。
 そのお陰か、男子一同が俺に向けている視線はもはや殺気に近い。
 だが、そんなことよりも、今の俺は絶句したままの華蓮の方が気になっていた。いつもなら、雪乃やまきえがこんな態度を取ったらすぐに柳眉を吊り上げると言うのに、だ。
「おーい! 秀晃、華蓮、お前ら客がいないからって、いつまで油売ってる気だ!」
 流石に、マスターが痺れを切らせたらしい。見ると、苦虫を十匹以上は噛み締めた表情でこちらを睨んでいた。
「……す、済みません、今、行きます」
 カウンターに向かって叫んだ。
「それじゃ、また後でな」
「あ、はい」
「あたしたち、商店街のゲーセンにいますので、仕事終わったら来てくださいね、秀晃さん♪」
 その背中に、まきえの弾んだ声がかけられた。
「……覚えとくよ」
 俺はそれだけ答えてカウンターに入った。
 そして、律儀に皿洗いの仕事を溜めこんでいてくれたマスターに多少腹を立てながらも、作業を開始する。
 しかし、確かに今日の俺のシフトは早朝から夕食時間の前までだから、まきえの言った通り、仕事はもうすぐ交代の時間であるのだが、何であいつはそんなことまで知ってるんだろう――?
 頭を使わない単純作業なだけあって、俺はついいらぬ思索に耽ってしまった。
「ふっふっふっふっふっ」
 と、俺の思索を遮る、不気味な悪い笑い声が横から聞こえてきたのは、溜めこまれていた皿が残りわずかとなった頃であった。
「ど、どうした華蓮?」
 慌てて隣にいた華蓮の方に俺は視線を向けた。
 華蓮は、見ているこっちをぞっとさせるような、怪しく凄絶な笑顔を浮かべていた。
「何だか威勢のいいこと言ってくれるじゃない。誰に喧嘩を売ったか、お姉さんがたっぷりと教えてあげるわ」
 燃えていた。
 華蓮は、何だかとっても燃えていた。
「それはともかく、時間まではきっちりと働いてくれんかな。特に華蓮、そこでいつまでも不気味に笑っていられると――客が引く」
 明日から華蓮目当てで店に来る客が減ってたりしてな。
 と、マスターの言葉に、密かに俺は苦笑した。
 取り合えずデートのことは考えないにしても、華蓮のこの様子から類推するに、ゲーセンには絶対に行かなくてはならなくなったようだ。
 華蓮の横顔を見ていた俺は、そこで何が起こるやら急速に不安になり、思わず、とびっきり大きな溜息を一つ漏らしてしまった。


 さて、ここでちょっとした解説をしておこう。
 実のところ、クローズドラインでならコンシューマー版でも『神像』の操作は可能であるし、もっと言うなら、コンシューマー版でもオンラインモードでの『神像』の操作が出来ない訳ではない。
 だが、オンラインモードでの『神像』によるリアルタイム戦闘は、データ量のやり取りが非常に多いため、家庭用回線では反応が重くなり、操作にタイムラグが生じるなどの致命的問題が発生してしまうことがある。よほどに高速回線のネット環境が整っているなら話は別だが、ゲームを購入した人の全員が、そんな恵まれた環境でゲームをプレイ出来ているはずは絶対にない。
 超々光速回線の使用によりもたらされた、リアルな戦闘シーンが最大の売りのアーケード版は、それ故にコンシューマー版と同時に全国で稼動を開始したのである。
 そして、その超大型体感筐体の名前を『タワー』といった。


 そう。今、俺の目の前にそびえたっている、ずんぐりむっくりとした二段階の巨塔のような形をした超大型筐体こそが『タワー』なのである。
「……秀晃さん!」
 店内の三分の二を占めている『タワー』の前で、一人ぼんやりと佇んでいた雪乃が俺を認め、華やいだ声をあげた。
「よう」
 と、右手をあげて俺は雪乃に答えた。
「こういう日に限って混んでるのよね、この筐体」
 呟いたのは華蓮である。
 結局、隣にいる華蓮の迫力に押しきられる形で、俺はこのゲームセンターに足を運んでしまった。しかし、まきえやその他大勢の男子生徒たちの姿はどこにも見当たらない。
「他のみんなは?」
「もうゲーム始めちゃってます。私は筐体の数が足りなかったから、こうして秀晃さん来るのを待ってたんですよ」
「人気のゲームだもんなあ」
「別の店からエントリーした方が速いんじゃない? 秀晃くん」
 早くもメモリーディスクを取り出しかけていた華蓮である。
「んな必死にならなくても、そう簡単に記録は破られないと思うぞ俺は」
 耳元で、小声で諭すように語りかけたが、馬の耳に念仏であった。
 タイミングよく、コックピット筐体が『タワー』から一基排出されてきたからである。
「じゃ、先行くね」
 華蓮は素早くコックピット筐体に乗り込んだ。
 戦闘機のコックピットに似たこの筐体が『タワー』に収納されると、プレイヤーの操作に応じて、臨場感溢れる振動や立体的な効果音を提供してくれるのである。
「ったく、筐体が空くの、先に待ってたのは雪乃だぞ」
「いえ、それはいいんですけど。何だかすごく気合入ってませんか、今日の華蓮さん?」
「……あれだけ言われりゃ、そりゃ怒るだろ」
「え?」
「あ、いや、華蓮、今このゲームにすごくハマってるし、熱くなりやすい性格してるからな」
 ヤバい。つい、独り言を口に出してしまった。
「えーと、まきえが潜るって言ってたのは、どのダンジョンだっけ?」
 俺は適当に答えると、事を誤魔化さんとして『タワー』外壁に幾つか付随している大型スクリーンの方に視線を向けた。スクリーンには只今プレイ中のゲーム光景がリアルタイムで投影され、俺たちのようなギャラリーにもその闘いっぷりが分かるようになっているのだ。
「あ! 秀晃さん。あれ、たぶん、まきちゃんです」
 雪乃がスクリーンの一つを指差した。
 そこには、細身のフォルムをした軽量級の白い神像が、廃墟と化した市街を疾駆する様子が映し出されていた。
 雪乃はたぶんと言ったが、画面のエリアは、かつて巨人が住んでいた古の聖都という設定で、華蓮、いや『キーマン』のランクインしていたダンジョンが存在するエ
リアである。まきえの操作している神像に間違いあるまい。
「なんつーか、実にまきえらしい神像だな」
 と、俺は呟いた。
 装甲をギリギリまで排したスピード重視のその神像は、どことなく猫を連想させるシルエットをしていたのである。
 瓦礫の影より巨大モンスターがわらわらと現れ、まきえの神像に襲いかかる。が、まきえは神像の両手に装備させた爪を振るい、モンスターどもをサクッと瞬殺した。
 どうやら武装も絞り、格闘戦主体の神像に仕上げているらしい。
「……結構、強いな」
「最近まきちゃん、お仕事さぼってこのゲームばっかりやってましたから」
「……おいおい」
 確かに、まきえならやりそうなことではある。しかし、このままだと本当に、華蓮の記録は更新されてしまうかもしれない。
「ところで、秀晃さんや華蓮さんはどんなロボット使ってるんですか?」
「え? いや、俺のはごく普通のヤツだけど。あんまりカスタムとかもしてないし」
 一瞬、俺は答えるのに躊躇してしまった。
 危うく、華蓮が愛用している神像がどんなものであるのかも、雪乃に教えそうになったからである。
 そして、そんな風に俺と雪乃がのんきに話をしている間に、まきえの駆る神像は、エリア中心部に存在するダンジョンに突入していた。
 ちなみに『白馬の塔』という名前である。
 しかし、まきえの後ろをよたよたと追っているあの連中が、さっき雪乃らと一緒に店に来ていた男子生徒たちなのだろうか? だとしたら、まきえの操縦に全くついていけてない。
 その上、瞬間移動してきた大量のモンスターに、まきえまで巻き込んで囲まれてしまう始末である。モンスター召還のトラップを、誰かが踏んだのだろうが――、
「協力プレイの意味がまるでないな、あれじゃ」
 足手まといもいいところだ、と、俺は苦笑した。
 有象無象の神像が次々と倒されていく中、孤軍奮闘していたまきえだったが、どうにも多勢に無勢である。ジャンプ攻撃直後の硬直した隙をつかれて、まきえの神像はフロアの壁に叩きつけられてしまった。
『その程度の腕で私のスコアを超えようというのですか。甘いですね』
 突然、画面上に、そんな慇懃な台詞が表示されたかと思うと、次いで生じた閃光が、フロア一面のモンスターを薙ぎ払った。
 何時の間にやらまきえの神像がいるフロアに佇んでいた、サソリに似たデザインをした非人間型の神像の仕業である。
 ちなみに、かなりの大型だ。
 全身これ火器といわんばかりにゴテゴテと付けられた重武装といい、なまじな攻撃など一切通用すまいと思わせるほどの重装甲といい、俺には非常に見覚えのある神像だった。
『お久しぶりですね、ペティアガラさん。私が誰だかお分かりですか?』
 続いて画面に表示された台詞に、雪乃が反応した。
「あの、秀晃さん、あれってもしかして」
「ああ。かれ……じゃなくって、キーマンさんだな」
 公式ページには、キーマンの駆る神像の姿も紹介されていたのである。
『キ、キーマンさん?』
 と、画面の向こうでまきえも驚いていた。
『昨夜遅く、久方ぶりに【Masquerade】に顔を出しましたら、随分と私のスコアの話題で盛り上がっていましたのでね。もう一度、このダンジョンに来てみたんですよ』
「……嘘つき」
 俺は小声で、当人には聞こえるはずがないツッコミを入れた。
『しかしその様子では、【Masquerade】でうそぶいていたほど大した腕前ではないみたいですね』
 この上なく嫌味な台詞を表示させると、華蓮の駆る神像は、動きを止めたままのまきえの神像の横を通り越し、上階へと昇っていこうとする。
『いーえ、これからが本領発揮です!』
 まきえの神像が跳ね起き、急いでその後を追った。
『しつこいですね。こんな風にいつまでもしつこく追いかけているようですと、男の人にはひかれますよ』
『大きなお世話です!』
 神像の爪が唸りを上げ、華蓮の神像に不意打ちで襲いかかる。
 クリーンヒットした。
 ――が、ぶ厚い装甲に阻まれ、大したダメージはない。
『おや、図星ですか!』
 お返しとばかりに下方より振り上げられた近接戦闘用の左腕の鋏が、まきえの神像の顎をかちあげる。
『あなたのことですから、大方、近所に住んでいた幼馴染のお兄さんのことが未だに諦めきれないといったところなんでしょうけど、そろそろ現実を直視して、諦めるということを学習した方がいいですよ』
 返す刀で右腕の鋏が側頭部に打ち下ろされた。
『そういうのはですね、高嶺の花っていうんです。それに大抵、そういった素敵なお兄さんには、あなた以上に素敵な恋人がいたりするものですよ』
「おいおい……」
 いろんな意味で自分のことを棚に上げ過ぎだと俺は思う。
『十年越しの恋なんですよ! 相手に別の好きな人がいたからって、そんな簡単に割り切れたら苦労しません!』
 まきえも吼えた。
 白き神像の爪が唸りをあげて次々と空間を引き裂く。
 ニ体の神像は幾度となくぶつかり合い、周囲を巻き込んで派手な火花を散らしていった。
『……大体、キーマンさんこそ、それ自分の経験談じゃないんですか? そんな嫉妬深いことばかり言ってたら、ぜーったい、恋人にはひかれますよ!』
『そ、そんなことはありません!』
『……何だか、思いっきり動揺してません? あ、ひょっとして、ホントに身に覚えあるんですか?』
『そんなことはありませんと言ってるでしょう』
 華蓮の叫びと共に、今度は神像の尾に仕込まれていた荷電粒子砲が火を吹いた。
 閃光の槍を、からくもまきえは回避したが、流れ弾となったその一撃は、代わりに、タイミングよくそのフロアにまでやってきた後続のプレイヤーの駆る神像を数体巻き込み、一瞬で殲滅させてしまった。
 ちなみにこれで、二人の乱闘に巻き込まれて、ゲームオーバーを余儀なくされたプレイヤーが二桁目に突入したことになる。
「……秀晃さん、『Masquerade』にかかわりあった人間として、あの二人、何とか止めた方がいいんじゃないでしょうか?」
「……どーやってだよ?」
 俺がそう反論するのと、筐体が一基、『タワー』から排出されるのは、ほとんど同時だった。
「秀晃さん! あれです」
「中に入って止めろってことかい。……それも、まず俺から」
 不幸なことに、前回セーブしたのは問題の塔のすぐ近くであった。


『二人とも、いい加減にしろよ!』
 瞬く間に、問題のフロアにまで辿りついた俺は、清水の舞台から飛び降りるような心境で二人の間に自分の神像を割り込ませた。
『秀晃くん?』
『秀晃さん!』
 と、二人は全く同じタイミングで台詞を表示させた。
『な、なんでキーマンさん、秀晃さんのことを知ってるんですか!』
『い、一度、実際に会ったことがあるからですよ、探求者さんには』
『と、ともかく、二人とも周りをよく見てみろ! 何人巻き添えにしたら気が済むんだよ!』
 辺り一体には、二人の乱闘の犠牲になった神像の残骸が死屍累々と撒き散らかされていたのである。
『そんなことより、今ここで、はっきりと言ってやってください!【自分には好きな人がいるから、君の想いには答えられない】とでも』
『か、関係ないじゃないですかキーマンさんには! 大体、どうしてあたしの好きな人が誰だか知ってるんですか』
『ロ、【ログ】を見たんですよ。【Masquerade】の【ログ】を。あそこから、簡単に類推できる帰結です』
『じゃあ想像だけで勝手なこと言わないでください! 焼けぼっくいに残り火がついたからって、諦められるわけないじゃないですか!』
『何も知らないのはあなたの方でしょう! 私は、真実もちゃんと知ってるんですよ』
 うう。二人とも全然聞いちゃあいない。
 おまけに、何を言うつもりなんだ華蓮は。
『探求者さんとその恋人は、勤め先の喫茶店で羞恥プレイに励んでしまうほどの仲なんですよ!』
『ちょ、ちょっと待てぇい!』
 と、俺は超高速でこの台詞をあげた。
『あ、あたしだって、秀晃さんの部屋で、メイド服プレイした経験があります!』
 だが、さらに衝撃的過ぎるその告白に、まきえの神像と執拗なまでにやりあっていた華蓮の神像の動きは、ピタリと止まった。
「な、何ですってぇ〜」
 あの……お互いに防音のはずなのに、お隣のコックピット筐体から、聞き覚えのある肉声が聞こえてくるのは何故ですか?
「ひ〜で〜あ〜き〜くんっ」
「ま、待て! 話せば分かる!」
 と、思わず叫んでしまったが、聞こえてくれるはずがない。
 荷電粒子砲のほか、頭部に装着された二門のバルカン砲、両腕に内蔵された八砲身のガトリングガン、そして背中に抱えていた多弾頭ミサイルと、華蓮の神像が装備している全ての砲門がこちらに向けられ――、
 結果、最大火力でもって吹き飛ばされた俺の神像は、塔の外壁もろともに爆発四散して消滅した。
「……は、早かったですねぇ」
 エントリーしてから戻ってくるまでに、三分と経っていない。
 爆発の閃光や着弾の衝撃、挙句の果てには塔外に落下する感覚までリアルに体感し、乗り物酔いのような感覚に陥っていた俺に、雪乃は引きつった笑顔を見せてくれた。
「……ど畜生、もう絶対このゲームやるもんか」
 華蓮のあげた『天誅』という台詞が、スクリーンには大きく踊っていた。


 そして、一週間後……
 クジ運に見放され、直射日光の厳しさに耐えながら、『ラ・パルティータ』の外を掃除していたある日のことである。
「ひーでーあっきさーん♪」
「あの、こんにちは」
 と、二つの耳慣れた声が俺を呼んだ。言わずと知れた矢野原まきえと佐倉雪乃である。
「……何しに来た、お前ら?」
 あの日から数日間、華蓮は俺とほとんど口を聞いてくれなかったのだ。
 俺がつっけんどんな反応を二人にしても、誰も文句は言うまい。
「もう、そんなに構えないでくださいよ。今日はちょっと、お知らせしたいことが出来ましたので二人で来たんです」
「聞かない方がいいような気がするのは俺の気のせいか?」
 最近ようやく華蓮が機嫌を直してくれたっていうのに、これ以上いらん波風を二人の間に立てないで欲しい。
「冗談だ。話だけは聞いてやるから、言ったら今日はとっと帰れ」
「はい。この度、めでたく秀晃さんがあたしたちとのデート権を獲得しましたので、お誘いしてください♪」
「ちょっと、それ、どういうこと!」
 店内にて給仕に勤しんでいた華蓮が、光の速さで店の外に現れた。
「それがそのう……。取り合えず、こちらを見てもらえますか?」
 俺が雪乃から受け取ったのは、プリントアウトされた『エルドラド』のランキング表だった。
 華蓮とともにその詳細を確かめる。
 確かに『探求者』の名前は、とある公式記録にランクインしていた。
 ただし、キーマンのいる『白馬の塔』のクリアタイムのランキングにではない。
 あの日、プリムローズの名前が載っていた、『爆笑 黄金魔郷エルドラド』という、お笑い系のランキングにである。
 しかも堂堂の第二位だった。
「いやー、盲点でした。あの時、公式ページにランク入りしてたのは、キーマンさんだけじゃなかったんですよねえ。プリムローズちゃんの記録を更新したのでもよかったわけです。デート権を獲得するんなら」
 まきえは笑顔でそう語った。
「あたしが『探求者』が秀晃さんだってことをみんなに教えなかったら、秀晃さん、危なくクラスの男子に勝利をかっさらわれるところだったんですよ」
 そう言ってまきえが三位の名前を指差した。
 たぶんこいつが、プリムローズよりも上位に自分の名前がランクインしていたことを発見して、まきえか雪乃に、自分とデートをするよう要求したのだろう。
「ちなみに、秀晃さんの場合、デートの行き先は沖縄です」
「何ぃっ!」
 と、俺は店内のお客さまや、同僚たち全員の注目を集めてしまうほどの大声をあげてしまった。
「二週間くらい前に、雪乃が福引で当てたんですよ、三人分の旅行チケットを」
「本当はお姉ちゃんが一緒に行くはずだったんだけど、急な用事で行けなくなっちゃったんで、どうしても信頼できる引率してくれる大人の人が必要なんです」
「それってデートなのか、デートって言うのか、おい?」
「ええ。あたしたちがデートって言ったらデートなんです♪」
 まきえは一旦そこで言葉を切った。
「……で、どうします? あたしと雪乃を、沖縄まで連れていってくれますか?」
 それは、華蓮にも雪乃にもひけを取らない、魅力的な笑顔だった。
「うう…」
 困り果てた俺は、助けを求めて華蓮の方についっと視線を向けた。
「もう、知らないっ」
 が、華蓮はぷんすかと髪をなびかせ、我関せずとばかりに、さっさと店内に引き上げてしまった。
 どうやら、二つの再会と一つの出会いがもたらしてくれた、遊園地で過ごす日曜日のような俺の毎日は――、まだまだ続きそうである。

 (死亡遊戯の達人……了)


作者あとがき……

 えー、めんどくさくてルビは打ちませんでしたが、『死亡遊戯』と書いて『ゲーム』と読みます。つまり作者的には正式タイトルは『死亡遊戯(ゲーム)の達人』です。
 ……無理にこう読む必要は一ミリグラムも御座いません(笑)。
 
ご感想がありましたらこちらへどうぞ→fujimasa_1577@yahoo.co.jp

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