桜の花が舞っていた。
 つつましやかに散っていた。
 それはとても艶やかで、
 それでいてなぜか寂しくて、
 どうしようもなく切なくて。

 目の前には一人の女の子。
 かつて知っていたはずの少女。
 たぶん好きだったはずの少女。
 彼女は僕に背中を向けたまま、じっと空を見上げていた。

 桜の花が散っていた。
 世界を埋め尽くすように舞っていた。
 なぜだか不安になって、僕は彼女に声をかけた。
 その声に、女の子はゆっくりと振り返る。

 視線が合った。

 だから僕は笑った。
 一生懸命に笑った。
 そうすればきっと、この不安が消えると思って。
 そうすればきっと、この恐れは無くなると信じて。

 でも、
 その娘の瞳に映っていたのは僕じゃなくて。
 ただ、
 舞い散る桜の花びらだけが瞳の中にあって。

 不思議そうに首を傾げる女の子。
 その仕草はとても無邪気で。
 その表情はとても純粋で。
 だから僕は、とても哀しかった。

 桜の花が舞っていた。
 ただ、はらはらと散っていた。
 それは薄紅色の世界。
 柔らかな白の世界。
 すべてを包み込んでしまう優しい世界。

 そして。

 風が吹いた。
 すべてを拭い去るように、ひときわ強く桜の花が舞い踊る。
 視界が、桜の花びらで覆われた。

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