それから一分と待たせずに、希望が戻ってきた。
「はい。『アイスクリームぜんざい』お待たせしました」
どんと音を立てて、目の前に白(アイス)と黒(ぜんざい)のハーモニーな謎の物体が出現した。ブツのトップにはちょこんとサクランボが鎮座している。
「おおう、まさにこのような灼熱地獄に仏とはこのこと。サンキューベリーマッチ・ディアNOZOMI!」
「そんなに喜ばなくて良いよ。それに、これは一番手間かからないし」
呑気に笑う希望嬢。素直に笑うべき所なのか、ここは。
「……ところで、これのどの辺がサービスなんだ? 俺の知る限り、こいつの大きさといい見た目といいメニューにのってる写真と別段変わらないような気がするんだが?」
一通り喜んだ後、開いたままにしてあったメニューのサンプル図と実品とを比べつつ指摘する。
「そんなことないよ。ほら、この上に乗ってるサクランボの数が倍になってるでしょ?」
「一個が二個になっただけじゃんっ!」
思わずつっこむ。
「当社比二〇〇パーセントでしょ」
いや、それ数字のマジック。
「その、本当はもう少しサービスして上げたいんだけど、お店の方が……」
そう言って両手を合わせる希望。たしかに、異常な繁盛を迎えたこの店にとってわざわざ一人の客に対して掛かりきりになるわけには行かないんだろう。
「わかった。じゃあ、今回は不慮の事故ということにしておいてやる」
俺は鷹揚に頷いた。
「ありがとう」
俺の言葉に希望は嬉しそうに笑った。
「その代わりなにかで埋め合わせをしてくれ」
そんな彼女に対してすかさず切り返す俺。
「それはなんだか違うと思うんだけど」
「気のせいだ」
希望の反論をそう言って封じる。
「……わかりました。じゃあ、今度何処かに連れて行ってあげるから、それで許してよ」
そう言って、希望は再び両手を合わせた。
「そう言うことなら仕方ない。今日はおとなしくお客をやっていてやる」
「本当にごめんねー」
申し訳なさそうに謝る希望。思わず苦笑いを浮かべてしまう。そんな顔して言われたら怒るに怒れないからな。
「あ、ごめん。ちょっと行って来るね」
店内から希望を呼ぶ声が聞こえた。希望は慌てて厨房を越え、そのままレジの方へ向かった。
「……なんだかんだ言いながら、よく働いてるんだな」
なんとなく感心しながら、バイト作業にいそしむ希望の様子を厨房の窓から眺める。
まあ、こんな姿見せられたら、今日ぐらいはこの店の売り上げに貢献しても良いか、と言う気持ちになるから不思議だ。……希望とのデートもついてきたことだし。
「……って、ちょっと待て。『何処かに連れていく』って本来俺の台詞だろ」
普通は男が言う台詞じゃないか。よく考えてみれば連れて行かれて喜ぶのは普通希望の方だろう。
「つまり、体よくデートコースの主導権を与えたことになるってことか?」
しばし考え込む。
「いかんいかんいかん! このままでは高級レストランに連れて行かれたあげく、山ほど俺の金で飲み食いされ、最後には金が払えず皿洗いなどという事態になりかねん!?」
さらっと流してしまった言葉の意味の重さに嘆息する。
「おい、希望!」
希望の方をにらんだ。目が合う。
俺を暗雲たる思いに突き落とした女は嬉しそうに笑うと小さく手を振ってきた。
その様子に、拍子抜けてしまった。
「……なんだよ、畜生」
妙に罪悪感を覚えてしまい顔をそらす。
「いいか。俺は高級レストランなんか行かないからな? それだけは覚えとけ」
絶対に聞こえないであろう場所で仕事に勤しんでいる彼女に対し、ぼそりと呟いた。
目の端で希望がくすくす笑っている姿がちらりと映る。なんだか悔しくて、俺は目の前のアイスクリームぜんざいに挑みかかった。
すっかり融けてしまっていたアイスクリームぜんざいは、あっという間に腹の中へと消えた。
不謹慎なことに、唯一の女性店員はそんなお客様の様子を見て、遠目から声を立てずに笑っていた。
その後、希望がバイトが終わったあとで、何をするでもなくぶらぶらと商店街を一緒に歩いた。
結局、それだけで今日は終わった。
ま、こんな休日も、たまにはいいんじゃないだろうか、と思った。
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