桜の花が舞っていた。
 つつましやかに舞っていた。
 それはとても優しくて、
 それでいてとても悲しくて、
 どうしようもなく愛しくて。

 そして、目の前には一人の女の子。
 かつて知っていたはずの少女。
 たぶん好きだったはずの少女。
 彼女は僕に背中を向けたまま、じっと空を見上げていた。

 桜の花が舞っていた。
 消し去るように舞っていた。
 なぜだか不安になって、僕は思わず声をかける。
 その声に、少女は、不思議そうに、窺うように、ゆっくりと振りかえった。
 丘裾から吹き上げる風に、長い黒髪がたなびき広がる。
 舞い散る桜の花びらを纏いながら、ゆっくりと舞い踊る。

 だけど、僕の目は違う物に引きつけられる。
 彼女の瞳だった。
 優しい瞳だった。
 そして、なぜだか泣いていた。

 涙が浮かぶ宝石のような二つの瞳。
 薄紅色の世界。
 柔らかな白の世界。
 すべてを拭い去るように、ひときわ強く桜の花が舞い散った。
 世界が、桜の花びらで覆われた。


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